寝たきりの猫、動ける未来のために闘う

寝たきりの猫、動ける未来のために闘う
2025年9月24日
久高 ダンテ私たち人間は、恵まれている。
通知で鳴った携帯を拾い
画面に映っている保護依頼に
目を通しながら強くそう思った。
暑いコンクリートの上で
車に轢かれたばかりの猫が
海から引き上げられた魚のごとく
恐怖とショックに溢れた目をし
息苦しくもがいている。

そのまま放置されたら死ぬ。
行政に収容されたら
殺処分対象となって
殺されるまでのタイムリミットが
つけられるだけ。
保護する以外
選択肢がない。
仕事場の人間関係の悩み、
家族との揉め事、
恋人との喧嘩、
期待と現実の狭間に生まれる
失望と悔しさ。
誰だって辛いことがあるが
殆どの人は
足で自由に歩いたり
自分の口で食べたりし
障害なく生活ができている。
この猫ちゃんは
自分の体に何があったか
理解もできず
一瞬で全てを失った。
麻痺した体は
もう歩けない
食べられない
遊べない。
トイレでさえできず
毎日人が手で膀胱を握って
無理矢理溜まった尿を
排泄させてくれないと
毒物が体内に溜まっていく一方で
数日以内に死に至る
哀れな状態。

この子が経験している
虚しさと苦しみに比べて
自分の悩み事なんて
チリほどちっぽけなものにしか見えず
不安で震えている
その小さな頭を撫でながら
申し訳ない気持ちで
いっぱいになった。
目の前に美味しいご飯を
おいても反応しない。
喉が渇いているはずなのに
水も飲もうとしない。
不安と体の痛みで
生きる気力を失っている様子。
まだ諦めちゃだめだよ。
闘い続ければ
必ず希望がある。
シリンジで数滴ずつ
口に水を流して飲ませた。
「その調子で!」
優しく声をかけながら
次はちゅーるを鼻につけてみた。
元気がある子なら
その匂いで食欲が湧き
自分で舐めて食べ始めるが
この子はびくともしない。
栄養を摂らないと
衰弱死するのは時間の問題。

ちゅーるを乗せたスプーンを
口に入れて、嚥下させると
燃え尽きそうな目の光が
一瞬ゆらゆらと増した。
生きる気力の残火が
再び力強く燃える
という希望を込めて
もえと命名することにした。
その望み通り
スプーンでご飯をあげる度に
目の光が強くなって
声をかけると
小さな鳴き声で
返事してくれるようにもなった。
痺れた首に感覚が
いよいよ戻ったのか
目の前に離乳食を置いてみると
自力で舐め始めた。
交通事故に遭って
下半身麻痺になった猫は
今まで多く保護してきたが
一生寝たきりの子がいれば、
運よく完治する子、
足の自由を取り戻すが
膀胱はコントロールできないまま
ずっと圧迫排尿が必要な子、
様々なパターンがある。
治るかどうかは
怪我の深刻さ、運、
そしてその子の努力次第。
結局一生懸命お世話を頑張って
奇跡を祈るしかない。

脊髄と脳を含む
中枢神経の細胞は
回復力がなく
損傷すると一生治らない
とされているが
腕や足に伸びる末梢神経は
時間と共に徐々に治る。
もえちゃんは
完全な麻痺ではなく
少し体を動かせているから
まだ希望が見える。
後ろ足と膀胱が厳しくても
せめて前足が使えたら
下半身を引きずりながら
好きな場所への移動ができ、
遊ぶことも可能になる。
上がった車のバッテリーに
電気を流すことによって
始動させることができるように
ご飯をあげた後は
もえの足をマッサージして
その刺激が神経細胞を
復活させることに希望をかけ、
毎日看病を続けた。
そして、寝たきりだった
もえちゃんは先日初めて
自力で体を回転させて
真っすぎに固まっていた
前足を曲げて
座ることに成功した!

「お母さん、見て!」
と自慢げに新しい技を
披露する子供のごとく
もえちゃんは目を輝かせながら
僕を見ている。
口元にボウルを置いてみると
自分で頭を下に向かせて
離乳食を美味しそうに
完食するまで舐めた。
そして「おかわり!」
と喜びを浮かべて声を出す。
治療部屋で1ヶ月間
リハビリを頑張って
ウイルス検査が陰性だったら
下半身麻痺の子達が
いる部屋に移動する。
そうなると
たくさんの仲間ができるはず。
瞬く間に交通事故で
全てを失ったもえちゃんは
自由を取り戻し
幸せをつかむために
これからも闘い、
命が燃え続ける。
